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『オデュッセイア』ホメロス

荒波

本書の概要

『オデュッセイア』は、ホメロスによって口承されたとされる古代ギリシアの叙事詩で、西洋文学の原点とも言われる作品だ。物語の中心にいるのは、知恵と機転に長けた英雄オデュッセウス。彼が故郷イタケーへ帰還するまでの長く過酷な旅路が描かれる。

本作は、単なる冒険譚ではない。神々の気まぐれや人間の欲、戦争の傷跡、家族への思慕など、多層的な主題が織り込まれている。読み進めるほどに、物語の奥行きと普遍性が浮かび上がってくる。

構成も特徴的だ。時間は直線ではなく、冒頭から「帰還の旅の終盤」へと読者を誘い、そこからオデュッセウス自身の語りによって過去の冒険が語られていく。時系列を崩しながらも、流れるように展開していくその語り口は、今日の文学や映像作品にも大きな影響を与えている。

あらすじ

物語は、オデュッセウスの息子テーレマコスが、行方不明の父を捜して旅に出る場面から始まる。トロイア戦争が終わってすでに十年。オデュッセウスは帰還せず、彼の不在をいいことに、多くの男たちが妻ペーネロペーに言い寄っていた。

一方、オデュッセウスは、女神カリュプソーの島で長らく足止めを食らっていた。ゼウスの命を受けてようやく解放された彼は、帰路の途中で嵐に遭い、ファイアケス人のもとへと流れ着く。そこで彼は、自身のこれまでの冒険を語り出す。

「私は木の幹にすがり、ただ波に身を任せていた。」

『オデュッセイア』より

オデュッセウスの語る旅は過酷の連続だ。人喰いの巨人ポリュペモスに囚われ、魔女キルケーに仲間を豚にされ、冥界を訪ね、海の怪物スキュレーとカリュブディスの間を航行する。そして数々の試練の末、彼だけが生き延びて故郷イタケーへ帰り着く。

変装した彼は、息子テーレマコスや忠臣たちと再会し、妻を奪おうとした男たちを討ち果たす。長き旅の果て、ようやく家族との再会がかなう。

所感

『オデュッセイア』が描いているのは、「帰る」というただ一つの目的のために、どれほどの困難を乗り越えられるか、という物語だ。その道中には誘惑も罠もあり、何度も挫けそうになる。だが、オデュッセウスは知恵と忍耐でそれを乗り越えていく。

読んでいて驚かされるのは、3000年近くも前の物語でありながら、登場人物の感情が今とほとんど変わらないことだ。家族を想う気持ち、騙される悔しさ、別れの痛み、再会の喜び。そのすべてが、現代のわたしたちにも響いてくる。

物語に登場する神々の存在は、運命の不可解さや理不尽さを象徴しているのかもしれない。それでも人は、自分の意思で進み続けるしかないという強い意志が、オデュッセウスの姿に重なる。

『オデュッセイア』は、「旅」とは単なる移動ではなく、変化し続ける意識と、帰るべき場所への確信があって初めて意味を持つということを、あらためて思い出させてくれる。